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「読売」対「朝日」の東京裁判史観対決

 なんとなく読売新聞の社説に対抗して朝日新聞が東京裁判の社説を書いたように見えます。その辺りはどうでも良いですが、二大紙が東京裁判について書いたことは興味深いです。

 結論から言ってしまえば、「朝日新聞の社説はとんでもない嘘がちりばめられていて、読売新聞は結局結論が出ていない。」と私は思いました。皆さんはどう思いますか?

 ・[東京裁判60年]「戦争責任糾明は国民自身の手で」(読売新聞5/2付社説)

 日本の「現在」が、いまだに60年も前の「歴史」を巡って揺れている。1946年の5月3日に開廷した極東国際軍事裁判(東京裁判)をどう評価するかという問題である。

 東京裁判では米英ソを中心とする「連合国」が、いわゆるA級戦犯として28人を起訴し、公判中に死去した被告などを除く25人を有罪とした。このうち東条英機・元首相ら、絞首刑に処された7人を含む14人が靖国神社に合祀(ごうし)されている。その靖国神社への小泉首相の参拝が、内外に摩擦を生じている。

 東京裁判には少なからぬ疑問もつきまとう。例えばA級戦犯の選定基準。中には、開廷直前にソ連の要求により被告に追加された重光葵・元外相もいた。重光氏は、戦後、外相に返り咲き、死去に際しては国連総会が黙祷(もくとう)を捧(ささ)げている。

 日米開戦回避のため苦闘し、戦争末期には早期停戦に努めた東郷茂徳・元外相なども含まれていた。

 東京裁判では、裁く側の“資格”にも問題があった。

 判事席・検事席にいたソ連は、第2次大戦の初期、「侵略国」として国際連盟から除名された国である。しかも、日ソ中立条約を破って参戦、60万人の日本兵捕虜らをシベリアに拉致して、数万人を死亡させる理不尽な国際法違反の“現行犯”を継続中だった。

 同じく「日本の侵略」を裁いた英仏蘭も、アジア「再侵略」の最中だった。オランダがインドネシア独立軍と停戦協定を結ぶのは、東京裁判判決の翌年、49年だ。フランスは、54年の軍事的大敗までベトナム再侵略を諦(あきら)めなかった。

 「連合国」による“戦犯”選定基準、東京裁判の枠組みの妥当性をも、検証し直す必要があるのではないか。

 とはいえ、あの無謀な戦争で300万人以上の国民を死に追いやり、他国にも甚大な被害を及ぼした指導者たちの責任は、極めて重い。だれに、どの程度の責任があったのか。

 終戦直後には、日本自身の手で戦争責任を糾明しようとする動きもあった。東久邇内閣の戦犯裁判構想、幣原内閣の戦争調査会などだ。日本自身が裁いたとしても、東条元首相などは、まちがいなく“有罪”だっただろう。しかし、いずれも「連合国」によって妨げられた。

 読売新聞は、現在、あの大戦にかかわる戦争責任の検証企画シリーズを続けている。読者の関心の高さは予想以上で、毎回、多数の電話、手紙、メールが寄せられている。

 引き続き、密度の濃い検証作業を続けて、読者の期待に応えたい。



 ・開廷60年 東京裁判を知ってますか(朝日新聞5/2付社説)

 日本の戦争指導者を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷してから、3日でちょうど60年になる。

 米国などの連合国が日本の侵略戦争を断罪し、政治家や軍部の責任を問うたこの裁判は、2年半に及んだ末、25人が有罪とされ、東条英機元首相ら7人が絞首刑になった。

 この7人に加え、判決前の病死や服役中の獄死を含め、14人がのちに戦死者とともに靖国神社に合祀(ごうし)された。小泉首相の靖国参拝で議論になるA級戦犯とは、この裁判で裁かれた指導者のことだ。

 ここ数年、首相の靖国参拝と絡めて裁判の正当性を問い直す声が出ている。

 東京裁判に批判があるのは事実だ。後からつくられた「平和に対する罪」や「人道に対する罪」で裁くのはおかしいという指摘がある。原爆投下など連合国側の行為は問われず、判事団は連合国側だけで構成された。被告の選定基準はあいまいで恣意(しい)的だった。

 一方、評価もある。日本軍による虐殺や関東軍の謀略などが裁判で初めて明るみに出た。ナチスを裁いたニュルンベルク裁判とともに、戦争というものを裁く国際法の流れの先駆けともなった。

 こうした否定、肯定の評価が入り交じった東京裁判をどう受け止めるべきなのか。戦後に生きるわれわれにとって難しい問題であるのは間違いない。

 はっきりしているのは、政治の場で裁判の正当性を問い、決着を蒸し返すことの現実感のなさである。

 あの裁判は、戦後日本にとって二つの意味で線を引く政治決着だった。

 国際的には、51年のサンフランシスコ平和条約で日本は東京裁判を受諾し、国際社会に復帰を果たした。平和条約は締約国の対日賠償を基本的に放棄することもうたい、それとセットで日本は連合国側の戦後処理を受け入れたのだ。

 国内的には、A級戦犯に戦争責任を負わせることで、他の人を免責した。その中には、昭和天皇も含まれていた。

 裁判は不当だという立場を貫くなら、あの戦後処理をやり直せと主張するに等しい。講和を再交渉し、米国をはじめ世界の国々との関係も土台から作り直す。そして戦争犯罪は自らの手で裁き直す。

 こんなことが果たして可能なのだろうか。裁判の限界を歴史の問題として論じることはいい。だが、言葉をもてあそび、現実の政治と混同するのは責任ある政治家の態度とは思えない。裁判を否定したところで、日本の過去が免責されるわけでもない。

 朝日新聞の最近の世論調査で、驚くような結果が出た。聞かれた人の7割、とくに20代の9割が東京裁判の内容を知らなかった。そして、東京裁判や戦争についての知識の少ない人ほど、今の靖国神社のあり方を是認する傾向がある。

 歴史を知らずして、過去を判断はできない。まずは歴史と向き合うこと。東京裁判60年を機会に、改めてその重要性を考えたい。


 隣国との緊張関係が続くこの時期だからこそ「東京裁判(極東軍事裁判)」がどのような意味を持つか考えることは非常に意味があることだと思います。

 まず私の考えですが、東京裁判(極東軍事裁判)には戦勝国が敗戦国を裁くという「勝者の論理の押しつけ」と「人道・平和など戦前に国際法としてなかった概念によって裁いた事後法である」と言う二点によって決定的な矛盾があると感じています。しかし、日本は大戦のけじめとしてサンフランシスコ条約で「東京裁判(極東軍事裁判)の受け入れ」をするという選択をしました。だからこの裁判の判決には従います。

 しかし、A級戦犯(B、C級戦犯もそうですが)の刑罰はすでに終了しています。これ以上A級戦犯に罪を着せようとする人・組織の動きには反対します。

 多少話は変わって「靖国神社」問題ですが、これについても基本的には同じです。すでに刑罰を受け終え亡くなった方達を弔うのに悪いとは思いません。A級戦犯の人たちがした行為に対して中国・韓国が許せないというのであれば政府はいくらでも「遺憾の意」を表明してもいいと思います。しかし靖国神社参拝とは別問題ですし、謝罪と一緒に賠償まで要求するのは論外です。

 以上が私の考えなのですが、これを考慮すると朝日新聞の論理の特異さが際だってきます。

 まず、個別にそれぞれの表現から見ると、東京裁判(極東軍事裁判)を「戦争というものを裁く国際法の流れの先駆け」と言っているが、これ以後敗戦国の指導者を戦勝国が裁くことは国際的な主流となったことはありません。基本的に戦争終了後は新政府が旧政府の指導者を裁くのが主流です。その裁判の中で「人道・平和に対する罪」と言うのも含まれることもあり、決してこのときの教訓が活かされなかったわけではありませんが、「戦争そのものを裁く」ことはありません。

 次に「国内的には、A級戦犯に戦争責任を負わせることで、他の人を免責した。その中には、昭和天皇も含まれていた。」と言う表現ですが、なぜそれほどまでに朝日新聞は天皇陛下を貶めたいのでしょう。昭和天皇が戦犯であったと主張するのは、国内的には一部の過激派だけです。昭和天皇に罪があったとするならば、(戦争に向かっていった)国民全体に罪があると考える方がまだ自然でしょう。朝日新聞が世論を戦争にし向けたため、「朝日新聞が最大の戦犯である」という意見もあることを朝日新聞は知っておいた方っが良いでしょう。

 そして「言葉をもてあそび、現実の政治と混同するのは責任ある政治家の態度とは思えない。裁判を否定したところで、日本の過去が免責されるわけでもない。」と言うところは最大の疑問です。東京裁判(極東軍事裁判)はすでに歴史の一部というのは良いでしょう。しかし、それが妥当でないと思う政治家が、それを他国に理解してもらうために外交活動をしたとして何が悪いのでしょう。別に他国に「東京裁判は間違っていた」と強制するわけではなく、それを理解してもらおうとする行動なのに・・・。私はこの裁判の結果を受け入れようという立場なのでそれが妥当かどうかは別ですが、そうやって行動することは自由ですし、国民が選んだ政治家ですからそのような外交活動は許されると思います。

 このような朝日新聞の理論をそのまま受け入れると、最終的には「中国・韓国の歴史問題追求には十分妥当性があり、それに従って(謝罪・賠償、領土問題から手を引きなさい)」と言うところに収束するのでしょう。これこそ朝日新聞の独善でしかありません。

 皆さんはこんな朝日新聞の東京裁判への認識を信用できます?
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2006年05月02日 朝日新聞 トラックバック:- コメント:11

>朝日新聞が世論を戦争にし向けたため、「朝日新聞が最大の戦犯である」という意見もあることを朝日新聞は知っておいた方っが良いでしょう。

これを知っているからこそ、朝日新聞は昭和天皇に責任を“なすりつけ”たいのでしょう。
つまり「一番悪いのは昭和天皇だ。私たちは被害者だ」という理論ですな。
社説の文面を見れば、そのことがよく分かります。

結局、朝日新聞の「ジャーナリスト宣言」に謳われている「ジャーナリスト」とは「自分の発言に責任を持たず、自己反省をせず、自由気ままに適当なことを書き殴る輩」のことなのでしょう。
普通の、良識あるジャーナリストは、そういう輩を「売文屋」として忌み嫌いますが。

2006年05月02日 you URL 編集

 朝日新聞の為にある言葉だと思います。
 「人の罪だの何だの喚く前に自分の罪を償ったらどうなんですか!」
と怒鳴りつけてやりたいと思います。

 いい加減、責任を持って廃刊なさい。

 この前の新聞の有り方(システム)に付いた話も私は疑問に思います。
 今の状態が最善とは思えません。

2006年05月02日 どらっへ URL 編集

引用>「国内的には、A級戦犯に戦争責任を負わせることで、他の人を免責した。その中には、昭和天皇も含まれていた。」と言う表現

これは普通に無いと思いますよ。

戦争体験者が時の流れとともに減っていったら、どんどんと有る事無い事を書かれそうで恐ろしいですね。

2006年05月03日 フレア URL 編集

昭和天皇訴追の動き(ソ連、オーストラリア等)を封じ込める工作は行われたそうですよ。

実際に責任があったかどうかは仮定の話になるので言っても無意味ですが。

で、結局国民みんなに責任はあったと思うんですよ。
でも連合国としても皆殺しにするわけに行かないので適当な人間を見繕って裁判の体裁で報復した。

パール判事の言でしたか、結局文明の名に於いて野蛮を為すことになったわけですが。

2006年05月03日 煬帝 URL 編集

朝日の相手は疲れる。
誰も全く罪がないと言ってる人などいないのに、やってないことをやってないと言う当たり前の事をしましょう。

2006年05月03日 k URL 編集

「最大の戦犯はチョウニチ新聞」正にその通り。
また、国民を戦争へと煽っておいてゾルゲに情報を垂れ流し国益を損じたチョウニチ(朝日)新聞の尾崎秀実に見る如く常に、この新聞は日本の敵である。戦争を検証するなら、自社の記事を時系列に追いかけてみろ。

2006年05月03日 我田引水 URL 編集

TBありがとう。貴文章に対するコメント群も読ませていただきましたが、国民全体に戦争責任があるというのは大きい間違いです。当時を知っている人は、わかるのですが、国民は全くのつんぼ桟敷(この言葉は使ってはいけないのですが)に置かれ、何故戦争に突入するのか知らないまま、「陛下のために死ね」だけでした。いまの北朝鮮の善良な国民の状態と同じでした。政府の意見になんでも反対すれば、陛下に対する不敬、非国民ということで投獄でした。こんな状態であった人達に戦争の責任は持てません。

2006年05月03日 hontino URL 編集

こんなデタラメな新聞がほぼ毎日刷られて、元日から大晦日まで家庭に配達される現実って驚きだよな(笑)

2006年05月03日 worldwalker URL 編集

youさん、
つい最近では田中長野県知事の捏造記事に関してもそうですが、記事を訂正もせず、居直りをする姿勢が許せませんね。

どらっへさん、
朝日新聞はいつも自分の犯した罪は責任逃れしかしていませんよね。

フレア さん、
結局自分たちの都合の良いように、そして中国や韓国へ媚びへつらうかのような記事ばかりですね。
これしか読んでいない人は本当にかわいそうですね。

煬帝さん、
ソ連は確実にあったでしょうね。米国だって「日本の占領をスムーズに進めるためにはその存在が必要」だからこそ訴追もしなかっただけという話もありますから。

kさん、
いつでも話をずらして批判するんですよね。いやらしいことこの上ないです。

我田引水さん、
結局どちらの側からも信用されないコウモリのような存在でしょうかね、朝日新聞は。

hontinoさん、
ちょっと長くなりそうなので、次のコメントで書きます。

worldwalker さん、
それが800万部以上発効されているというのが信じられませんね。

2006年05月03日 さいごう URL 編集

hontinoさん、
 国民の戦争責任という点でのコメントですが、私の考えを二点述べさせていただきます。

 一点目は、「昭和天皇に対して戦争責任を追及することは国民全体に戦争責任を追及することと同じくらい無謀なことである」という意味で使っています。私の表現も多少良くないところがありますが、もう一度読んでくださるとそのニュアンスが伝わると思います。

 それから二点目ですが、「昭和天皇にも国民全体にも戦争責任は(潜在的に)存在しています。ただし、これを訴追することは不可能です。」と言うことです。
 あのヒトラーの独裁でさえ国民投票の結果選出されてなったものです。当時の日本でも全ての成人ではありませんが、選挙権は存在していました。もしこれで国民全体に責任がないとすれば、民主主義というシステムの構造的な欠陥であるでしょう。(もしくはメディアが単に煽った結果、あのような戦争に至ったと考えることも出来ます。)

2006年05月03日 さいごう URL 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2006年06月20日 編集












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