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「ミツトヨ」の不正輸出はイラン向け輸出不許可がきっかけ?

 「ミツトヨ」の不正輸出問題は企業倫理が問われることになりそうです。果たして今回の記事が本当なんでしょうか?

 ・「ミツトヨ」不正輸出、イラン向け不許可きっかけ?(読売新聞)

 大手精密測定機器メーカー「ミツトヨ」(川崎市)が中国とタイの日本企業に、核兵器製造にも使用できる「三次元測定機」を無許可で輸出していた外為法違反事件で、同社が1992年、イラン向けに三次元測定機を輸出しようとした際、通産省(現・経済産業省)に不許可とされていたことが、警視庁公安部の調べで分かった。

 公安部では、この輸出不許可をきっかけに、同社が無許可輸出を行うようになった可能性もあるとみて、同社関係者から詳しく事情を聞く。

 公安部の調べによると、ミツトヨは92年7月、イラン企業への測定機輸出を通産省に申請した。これに対し同省は93年6月、測定機は核兵器製造にも使用できる性能を持っているとして、外為法に基づいて輸出を許可しなかった。

 公安部の任意の調べに対し、同社関係者は、「経営幹部が93年ごろ、輸出管理の担当者に『このままでは何も輸出できなくなる。何とかしろ』と指示していた」などと供述しているという。また、同社の輸出管理部門で同時期、「輸出の際、部品の一部を取り外せば性能を低く見せかけられるのではないか」などという議論もされたともいう。

 公安部では、イラン向けの輸出が不許可となった後、同社の幹部が主導する形で無許可輸出を行うようになった可能性もあるとみて、三次元測定機がマレーシアの企業や、中国、タイ両国の日本企業に輸出された経緯を詳しく解明する。

 ミツトヨは14日午前、公安部の捜索後初めて会見し、手塚和作社長は「違法性はなかったと個人的には信じている」と語った。


 日本が戦後軍隊を持たず、愛国心を無くす教育ばかりしてきたつけが今になって出てきたのでしょうね。儲けることだけ考えて後は何も考えない人や企業が増えてきたのは「軍事への無関心」と「愛国心の否定」が原因であるとつくづく思います。

 彼らは違法性はないと言っていますが、違法性がなければその部品が核兵器に転用されようとかまわないというのでしょうか?自分たちの企業の輸出拡大のためにはどんな国にも輸出してよいのでしょうか?彼らには根本から相容れないものを感じます。

 私たちは企業で働いている人も公務員として国家のために働く人も等しく日本の国民です。彼らは日本人としてのメリットは享受しておきながら、ある程度の制約も守ることが出来ないのでしょうか。

 そろそろ本気で徴兵制が必要に感じてきました。それさえあれば「軍事への関心」と「愛国心」を持たせることが出来るはずですから。
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2006年02月14日 政治 トラックバック:- コメント:8

罰金を1億円くらいにしたら、やらなくなるかな。

2006年02月14日 worldwalker URL 編集

全然足りないでしょう。もし本当に適用するなら資本金の半額くらいは頂かないと。

2006年02月14日 さいごう URL 編集

オマエが独りで戦場へ行け
この非愛国者め

2006年02月18日 とある通りすがり URL 編集

こんばんは、
理由も明示せずに否定だけするのは誹謗中傷と変わらないと思います。ただ、もしかしたら「軍国主義」と「徴兵制」を混同されているように思えましたので補足しておきます。

 徴兵制とは、「強制的に国民を一定期間軍隊に徴集する制度」です。もちろん今の日本は志願兵制度で徴兵制はとっていません。
 そして軍国主義ですが、「国家目的のほとんどを軍事力に依存して達成・解決しようとする思想(または考え)」のことです。

 つまり徴兵制度を導入したからと言って戦争礼賛となるわけではありません。軍国主義になったときが問題なだけです。徴兵制か志願兵制度かは、ただ国家の考え方の違いです。日本に住む人が日本のために何か尽くそうという気持ちが薄れているのなら徴兵制度を導入することもひとつの手段だと私は考えます。

 今度いらっしゃったら是非お考えを聞かせてください。

2006年02月18日 さいごう URL 編集

書けば長くなるのは判っていたからネ、一言で解って頂きたかったのだが...残念ダヨ.

軍隊ってのは、時に命を捨てる事さえも厭わない覚悟を強いる訳ダナ.
地面を掘って何か有用な資源が大量に出て来るという訳でもない、この
日本にとって一番の財産はナンダ?
此処に営む人々じゃないのか?
この国を思えばこそ、戦争如きで国民の誰一人として命を捨てて貰っては困るのダヨ.
どんなに短期間であろうと、国民に軍隊への参加を義務付けるという事は、ダ.
軍事行動で(兵役中の)一般国民が犠牲になる可能性が、少なくとも今よりは高まるってコトだナ.
それに加えて、正規軍を保有する事は、周辺国を刺激する事にもなる.
ドンパチの始まる可能性がグッと高くなる.
今なら弾道ミサイルの標的になるのは在日米軍の駐留地くらいだが、
それが、兵士を産出する全土に広がる訳ダ.
軍隊で守るのはそもそも、政府とか王様とか、そういうものダ.
あるいは国境線かも知れぬが.
少なくとも、ご先祖様から我々へと引き継がれた国民や国土ではないのダナ.
政府が倒れても、天皇家がなくなっても、日本人が居る限り此処は日本ダ.
此処に日本人が生き残っている限り、よほど悲惨な状況からでも再興はできる.
皆で命を賭して政府や天皇家や国境線は守られたが最終的に
他に誰も居なくなった、では、笑い話にもなりゃしない.
それにナァ、国の宝を軍隊に献上しようってんだから、時代遅れの
徴兵制なんぞ布いた日にゃ、国力が下がっちまうってモンだろ?
年に何万人と徴兵したって、穀潰しと化すだけだしナ.
食いブチを誰が賄うネン.

国の為という大義のもとで国のためにならん事を思いつくのは、
ひとえに愛国心の無さのなせる業だナ.
オイラはそう思っとるヨ.

コメ作る、牛育てる、魚獲る、良い機械を作る.
必要とあらば手にした武器も捨てる.
戦争の中では逃げ続けてでも何してでも生き残る.
それが日本のために我々日本人のすべき事と思うが、如何に.

2006年02月28日 とある通りすがり(だったのに再び) URL 編集

とある通りすがりさんの仰ることは多少分かりますが、納得できない点も多々あります。

 まず、国家イコール国民かと言えばそうではありません。一般的に国家の要件は「国民」、「国土」、「政府」と言われています。この要件が満たされない限り国際的には国家と認められません。国際的に認められないと言うことは国家としての権利を行使できないと言うことです。チベットなどの状況を見ればいかに国家を持たない人が迫害されているか分かると思います。

 また、「逃げ続けて」というところを強調されていますが、その意味するところは農業や漁業など国土固有の環境を基盤とする職業を継続することは難しくなると思います。

 そもそも国家というものは、「ここで暮らしたいと思う人たちが協力して自治会を作り、それが大きくなって国家の体裁を示している」のです。軍隊は性格上自衛のための組織から始まっており、基本的にはその部分は変わっていません。もし「自分たちが武器を捨てれば他も見習う」とか、「誰かが最初に武器を捨てなければならない」という理想論を持っていらっしゃるなら捨てるべきです。なぜなら人類の歴史は戦争の歴史でもあり、武器を持たない国はことごとく滅ぼされているからです。

 もしあなたが日本人が生き残ればよく、政府も国土もいらないのであれば日本国民である必要も無いという矛盾をよく考えてもらいたいと思います。

2006年03月01日 さいごう URL 編集

予め国家というものがあってその下に国民が居る訳ではなくて、
民の集うところにクニができるのでアル.
要件を満たしたクニを「国家」と呼ぶ訳ダ.
日本国の場合には、日本国に登記した個人をして
「国民」と呼ぶ様だが、だからといって
国家の存在が国民よりも大きい訳では決して無い.

日本人が守るべきは日本というクニであり
必ずしも「日本国」とは限らない.
こと日本に関して言えば、民こそが国の宝なのであり、
国の宝たる国民を、ましてや社会の子供たる若人を
多く生贄に捧げなければ存続できないのだとしたら
か様な国家は守るに値しないと考える.

歴史上、軍事力を持たなかった国がかつてあったかは知らぬが
軍事力を以て外敵の侵入を防いだ例は多いとしても
軍事力でこそ滅亡を免れた国家もまた無いに等しい.
(少なくとも私は知らない)
軍事力が故に滅びた例は決して少なくはなく、
我々の身近なところでは「大日本帝国」という国家体制が
それに近いものがあった様に見受けられる.
徳川家統治下では日本は対外的な軍事力を殆ど持ち合わせては
いなかった(少なくとも有効なものではなかったろう)が
(大日本)帝政よりは長い時間存続した.
徳川朝は何も国外の勢力に滅ぼされたという訳でなく、
崩壊は直接的には内的な力によるものであった.

現在のチベットは何も好き好んで国家を持たない訳ではなく、
国家を樹立しようにもできない状況にある訳ダ.
仮にチベット国家が成立したとしてもその隣国と
張り合える軍事力を持つ事など不可能であろうし、
一致団結して国家樹立に向けて積極的な動きを見せようものなら
チベット族そのものが根絶やしにされる結果とも
なり兼ねない事は想像に難くない.
その様な困難な状況にありながらも民族性を存続させている彼らを
「国家を持たない民族の例」として挙げるのはまた
彼らに対して無礼とも思う.

チベット民族が弾圧されているとしたら、それは
国家を持たないからではなく、そうしたい勢力がある
という以外の何ものでもないであろう.
ナチス時代のドイツでユダヤ人が迫害されたのは
その土地にユダヤ国家が無かったからではなく
ヒトラーがそうしたかったからに他ならない.
迫害された側に理由や意味を求めても何の意味も無い.

「必要とあらば武器を捨てる」と書いたが、
一つの武器も要らんと言った覚えは無い.
相手に痛みを与える道具は時として何かしら必要となろう.
しかしダ、剣先を突きつけられて
「武器を手放すかさもなくば死を」という状況で
手中の武器に固執する必要も無かろう.
また、武器が即ち軍事力という事にもなりはしない.

軍隊が自衛のための組織に端を発した、というのは
「玉子が先か鶏が先か」という論議にもなろう.
ヒトが群れを成す動物であり、縄張りを持つのだから
半ば必然ではあったろうが、過去の必然は将来の
必要性の理由にはならぬ.

政府も国土も要らないというコトではなく、
優先順位の問題ダ.
先の大戦で、沖縄に甚大な損失を被ったのは
そこに日本軍が居たからでもある.
それだけが理由では無かったにしろ、大きな要因の
少なくとも一つではあったのだ.
それを我々は決して忘れてはならない.

軍備とは両刃の剣の様なものだ.
たとえ「国を守る」という名目であっても、
所有により同時に、常に国民を危険に曝しもする.
こと海上以外に国境線の無い日本では、それは
一層顕著やも知れぬ.

もし、「国家が存続できないなら民族も共に滅びるべし」と
考えておいでなら、それこそ止めるべきだ.
その様な考えに愛国心は微塵も感じられぬし、
それでは「天皇家」という存在を利用して結果的に
民族を滅亡の危機に追いやった輩と変わらぬ.
(そこに彼らなりの愛国論はあったろうがそれを肯定はできぬ)

今の沖縄は、先の大戦で沖縄の方々が生き残ったからこそ
今の様にあるのであって、仮に一人残らず死に絶えていたなら
こうはならなかったであろう.
日本に戻って来すらしなかったやも知れぬ.
かの地には「命こそ宝」という意味の言葉があるそうだが、
まさにその通りであったと私は思う.

2006年03月05日 かつての「とある通りすがり」 URL 編集

 お返事が送れてしまってすいません。前にも書いたかもしれませんが、自分と違う意見は非常に参考になりますのでありがたく拝見させていただいています。

 ところで国家と国民が上か下かという話ですが、私はどちらが上でどちらが下という説明はしていないつもりです。ただ、国家の構成要件として国民があり、国民だけでは国家を形成することは出来ないと説明したまでです。

 それと軍隊の存在についてですが、「とある通りすがり」さんが重視している人の命(私が軽視しているわけではないのですが、便宜上このように表現させてもらいました)を守るために必要であることはご承知のことと思います。
 しかし、自国に侵略してくる軍隊がいたら降参してしまうようでは軍隊としての意味がないと思います。軍隊とは国家の存続のためにある組織です。自衛隊にしろ軍隊にしろ国民が「必要ない」とか「税金の無駄遣い」と思っている人のためにも命をかけて戦います。それはまさに日本という国を愛しているからです。そしてそのような人がいるからこそ今の日本があることを強く認識すべきだと思います。

 私は「国家が存続できないなら民族も共に滅びるべし」ではなく、「国家が存続していくために軍隊の存在が必要である」し、「その必要性に気付かない人が多すぎる」と言っているのです。自衛隊がいなければ(もちろん材に米軍もですが)、終戦直前の沖縄よりも酷く、日本全国に侵略国の国境線が引かれている状況が続いているということをよく考えておくべきだと思います。

2006年03月10日 さいごう URL 編集












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