スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--年--月--日 スポンサー広告 トラックバック:- コメント:-

【靖国神社】今年も参拝してきました

 今日は仕事を終えて残業などせずに靖国神社へ参拝してきました。今日は非常に暑かったので、夕方(7時頃はもう夜でしょうか?)に参拝するのも悪くなかったのかもしれません。
 今日は過去の戦争についてちょっと情緒的にエントリを書いてみたいと思います。いつも政治ブログの方々と比べて論理性に欠けるとは思っているのですが、今日はより一層情緒的になると思います。  最近、靖国神社に参拝することは比較的多く、年に数度は参拝しています。そこでよく感じるのは、ここ数年で若い人たちの参拝が増えてきたなぁ、と言う思いです。特に20代と30代の人たちの参拝は多く、全体の約半分くらいになるのではないかという個人的な感覚です。

 結構かなりの頻度で、20代のカップル(それもホストとキャバクラ嬢見間違うような派手な方々も含めて)の姿を見かけます。世間もだいぶ変わってきているのでしょうね。

 あと、外国人の姿もよく見かけます。私は中国語が分からないのですが、中国の方もかなり見かけます。ひょっとしたら台湾の人かもしれませんが、なかなか言葉が分からないので見分けがつきません。それと、法輪功と「大紀元」の配布が多いので、そうした関係者かもしれません。

 こうやってみてみると、靖国神社は意外に国際化しています。いわゆる観光地にもなっているのかもしれません。日本人の若者にしろ、外国人にしろ英霊の方々にしたいして祈りを捧げてくれることは非常に素晴らしいことだと思います。日本の将来もそれなりに良い方向に進んでいるのかもしれないなぁと思います。

 しかし、それとは逆に不安になる結果を今日の新聞記事で見てしまいました。

 ・【野菊】誰かのために死ねますか(iza)

 なだらかな丘がどこまでも続く牧草地とトウモロコシ畑の中を、一本のハイウェイが地平線まで伸びていた。
 米中部カンザス州の小都市エンポリアを今年2月に訪ねた。かつて日本人と戦った老兵たちが静かな余生を送っていた。
 在郷軍人会の平屋の事務所、玄関奥の壁には、太平洋戦争で日本軍と戦った下士官が持ち帰った日本刀がガラスケースの中で光っていた。
 「軍務に服したあらゆる人をたたえる」と書かれたステッカーが張られ、太平洋の激戦地、硫黄(いおう)島で海兵隊員が星条旗を立てる有名な写真が飾ってあった。
 老兵の一人、リー・ストルファスさん(81)は上等水兵として硫黄島戦に参加した。艦船のエンジンルームで、艦橋からの指示を受け、タービンの圧力をバルブを回して調節した。
 「イウォージマでの戦闘は、すべて猛烈で、私の乗った船にも次々と負傷、死亡した兵士が運ばれてきた」
 フランク、リオンディ・・・。高校の仲間たちも硫黄島で戦死した。
 父親は小麦やトウモロコシの農場を営んでいた。「パールハーバー(真珠湾攻撃)は16歳の時だった。その時から覚悟していた。兄貴、いとこ2人・・・。男の家族はみんな戦争へ行った」。1944年、19歳になる直前に入隊した。
 「なぜ戦ったのか。自分の国が攻撃されたからだ。選択の余地はない。何かが奪われようとしているとき、われわれの国の歴史はいつもそうだった」
 もし戦争が起きたら、国のために戦いますか。電通総研によれば、世界60カ国で2000年に行われた国際世論調査で、この問いに米国人の63%が「はい」と答えた。中国人は89%、韓国人は74%。ドイツ人は33%。日本人は最下位の15%だった。
 しかし、62年前の日本人は戦った。どんな事情であれ、その事実だけは動かない。もし戦争が起きたら、自分はこの国のために戦えるだろうか。誰かのために死ねるだろうか。
 ひとしきり話した後、ストルファスさんは少し改まった顔になった。
 「ひとつ、こちらから聞きたい。現在の北朝鮮情勢だ。もし北朝鮮が攻めてきたら、日本人はどうするつもりなんだ」(徳光一輝)


 私はこの辺りを非常に危惧しています。過去に日本という国の礎になった方々に感謝と哀悼の意を表すのは非常に結構なことです。しかし、今存在する日本の危機に対してあまりにも鈍感で、あまりにも他人事という意識が強いのではないでしょうか。

 日本が他国と戦争になったときに、自衛隊だけに任せておけば大丈夫という思いがどこかにあるのではないでしょうか。ひょっとしたら、戦争なんてことはあり得ないし、自分だけは巻き込まれることなどないと思っている人が大多数なのではないでしょうか。

 日本は戦後62年間、幸いなことに他国との戦争状態を免れてきました。しかし、それは本当に幸いなことだったんでしょうか?日本は自分の権利だけを主張する日本人だけになってしまったのではないでしょうか?その辺りを私は非常に危惧しています。

 話は戻りますが、今年で戦後62年になります。20代で戦争に駆り出された人たちも80代です。戦争経験が風化される中で、戦争という愚かな行為と、国のために戦争に参加した方々について思いをはせるよい機会です。皆さんも時間があればちょっと考えてみてください。
スポンサーサイト




出来れば二つほどクリックをお願いします。→ FC2 Blog Ranking







2007年08月15日 靖国神社 トラックバック:- コメント:7

さいごうさんも靖国に行かれたのですね。私は遊就館で不覚にも涙を流してしまいました。
件の記事のアンケートは、私は宛にはしてません。いくら平和ボケした世の中でも、大事な守る人が居るならば必ず人間は鬼にもなります。老骨ながら、私は愛する物を守る為に鬼になる決意はあります。
現在のぬるま湯の日本では、まともに回答する輩は少ないでしょうからね。これが、台湾有事や北朝鮮、イスラム圏の切羽詰まる問題が悪化したならば、アンケート結果は逆転したでしょう。

2007年08月15日 水兵長 URL 編集

 不安なアンケートですね。まあ、言葉のあやもあるでしょう。
 ただ、自分の幸せの為なら、日本人は攻められたら、戦うと思うのですよ。
若い世代は荘だと思いたいです。
ただ、問題は「いつ、戦うのか」だと思うのですが。

私は勿論戦いますよ。役に立たないかもしれませんけど、英霊やこの日本を守ってきた人達に申し訳が立ちませんから。

2007年08月16日 どらっへ URL 編集

私も情緒的にコメントさせていただきます。
私は靖国神社の前まで行ったことはありますが、参拝したことは残念ながらありません。
なんだか自分にそんな資格があるのか、と自問自答してですね・・・
戦死した兵士(台湾人・朝鮮人も含む)はもちろん、国内外で憤死していった者達に自分は恥ずかしくない生き方をしているのか?と・・・
自分はテレビで特攻隊員生き残りの方のコメントで私は泣けてしまいました。
「鬼畜米英に負けたら自分の大切な人も日本国民も辱めを受けると教育され…」
「本当はみんな生きたいと思っていた」
そして機上で泣きながら歌ったのが「ふるさと」だそうです・・・遥か故郷を思いながら・・・
若者の参拝者が増えているのは最近の戦争を美化した日本映画の影響ではないかと思うことがあります。まるで戦争を男の友情やロマンだと歪曲したいのか分からないが、戦争の真実を描けない日本映画に苛立ちを禁じえません。
偉そうなことを言っていますが、
私は批評家で卑怯かつ臆病な人間です。
戦争になって自分が人を殺せるのかも分かりません。
だから、戦争をしないように政府に不断の努力を切に願うだけなのです。

2007年08月16日 ニュートラルな人 URL 編集

はじめて書き込みをいたします。三浦介と申します。以後どうぞよろしくお願いします。m(._.)m

私は妻子持ちの28才です。

先日、妻が憲法九条改憲に反対だ、子供を戦争に行かせたくないなどと言っているのを聞いていましたら、「あなたは戦争に呼ばれたら行くのか」と聞かれました。

私の答えは、「日本からしかけた戦争なら行かない。日本が攻められたなら、お前たちを守るために行くよ」でした。
そのあたり、ストルファスさんと通じるものがあるかと思い書き込みします。

2007年08月17日 三浦介 URL 編集

どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、ご享受願います。
私の叔父の戦死した場所を知りたいのです。戦後六十年余も経ち、墓石にも記されず身内でも知る者もおらず…これでは何処で何の為に亡くなったのかを伝える事が出来ません。
名前は出せませんが、昭和十九年、十一月十七日没。最終階級は水兵長 舞鶴から出撃、出撃前に祖父が舞鶴へ牡丹餅を持って面会に行ったそうですが任地は教えてくれなかったそうです。私の知るソースはこの程度ですが、これで何か調べる方法がございましたら教えて頂きたいと思います。
今現在、靖国へ叔父を奉ろうとも考えています。

2007年08月19日 水兵長 URL 編集

コメントありがとうございます。
水兵長さん、
返事が遅くなってすいません。私も行ってきました。残念ながら私は存じ上げておりませんが、多少お役に立てたらと思いまして、不定期ですがトップエントリに立てておきます。

どらっへさん、
私も自分のたちの先輩たちや、後から生きていく後輩たちに絶対に譲ることは出来ませんので、国のために出来ることをします。

ニュートラルな人さん、
コメントありがとうございます。
私も戦争をしたいと思っているわけではありませんが、自分の国が危機に瀕しているときに他人事のように思う人にはなりたくないと思います。映画で美化されていることを信じてしまうことは不本意かもしれませんが、戦後に徹底的に反戦教育を施された世代は本当に不幸だったと思います。

三浦介さん、
コメントありがとうございます。
私は別に、普段「反戦」を叫ぶ人でも、戦争になったら自国のために尽力する人がいたら、私はその人を尊敬しますね。

2007年08月25日 さいごう URL 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2007年08月26日 編集












管理者にだけ公開する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。