スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--年--月--日 スポンサー広告 トラックバック:- コメント:-

【ロシア】シベリア抑留は過去の遺物なのか

 今回この件を知って悲しい気持ちになりました。安倍首相は中国や韓国との歴史問題で原則を貫くつもりでいるかもしれませんが、ロシアに対しては原則を貫くことは無いのでしょうか。シベリア抑留は日本人にとって風化させてはいけない問題のはずです。

 ・平和祈念事業特別基金の解散(FujiSankei Business i.「ラスプーチンと呼ばれた男 佐藤優の地球を斬る」)

 12月15日の国会では、衆議院本会議で民主、共産、社民、国民新の野党4党による安倍内閣不信任案が自民、公明の連立与党によって否決され、参議院本会議で改正教育基本法と防衛庁の省昇格関連法が可決したことのみが大きく報道されたが、その影で今後の北方領土交渉に大きな影響を与えかねない出来事が起きた。

 1945年8月、当時有効だった日ソ中立条約に違反してソ連が対日戦争を仕掛けてきた結果、シベリアに抑留され、強制労働をさせられた旧日本軍将兵などに対する慰労事業を行ってきた独立行政法人「平和記念事業特別基金」を解散する与党提出法案が15日、参議院本会議で可決、成立した。

 「解散に伴い、基金から抑留体験者らに10万円の旅行券などが贈られる。/強制労働中の賃金の支払いを求めてきた抑留体験者らの思いはかなわず、抑留を巡る補償問題は事実上の幕引きとなる。/88年に設立された同基金は、抑留体験者に銀杯を贈る事業などを行ってきたが、対象者の高齢化や、戦後60年を経て役割を終えたなどの理由から、与党が解散法案を提出していた。今後は、基金の資本金約400億円の半額を取り崩し、抑留体験者らに10万円の旅行券などを贈り、残りは国庫に返納する」(12月15日読売新聞朝刊)。

 行財政改革の観点から、政府が独立行政法人を整理、統合、状況によって廃止することは確かに必要だ。しかし、シベリア抑留問題についての日本政府の取り組みが「平和記念事業特別基金」の解散によって消極的になることを筆者は危惧(きぐ)する。スターリンが国際法を侵犯して対日戦争に踏み切ったこと自体が許し難い暴挙だ。ちなみに45年2月のヤルタ会談で日ソ中立条約を一方的に破棄して対日戦争に踏み切ることをスターリンに教唆したチャーチル英首相、ルーズベルト米大統領の責任も重い。

 太平洋戦争において日本はソ連との関係においては侵略された側なのである。ヤルタ秘密協定で、米英は、日本が国際法に基づいて獲得した南樺太(サハリン)、千島列島を戦後、ソ連領にすることを承認している。ソ連は南樺太や千島列島にとどまらず、帝政ロシアの時代から、ずっと日本領であった歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の北方四島にまで侵攻し、不法占拠の状態が今日まで続いている。

 国際法によって戦闘活動が終結した後、将兵はただちに帰国できるはずであったにもかかわらず、スターリンのソ連は日本軍将兵をシベリアに拉致、抑留し、強制労働につかせた。その結果、少なく見積もっても6万人以上の日本人が死亡した。筆者は現役外交官の時代、お盆の時期には必ずモスクワ近郊の日本人墓地に出かけ、祈りをささげた。

 また、ロシアの地方都市に出張で訪れたときも日本人抑留者の墓地に真っ先に駆けつけ、献花した。誰もシベリアの極寒の地で、あるいはウズベキスタンの灼熱(しゃくねつ)の砂漠で、生涯を終えたいとは思わなかったはずだ。

 北方領土問題とシベリア抑留問題はスターリン主義が引き起こした根を一にする問題なのである。筆者が現役時代、モスクワの日本大使館は大使以下が一丸となってシベリア抑留問題についてクレムリンに対する積極的なロビー活動を展開した。93年10月に公式訪日したエリツィン大統領は、天皇陛下、総理、抑留者代表の前で日本流に頭を下げて「済みません」と謝罪した。エリツィン大統領回顧録にもスターリン主義の負の遺産である日本人抑留者に対してロシアの最高元首として謝罪しなくてはならないとの認識が率直に書かれている。

 2002年に鈴木宗男衆議院議員が失脚し、それにともない東郷和彦オランダ大使(元欧州局長)、森敏光カザフスタン大使(元欧州局審議官)などのシベリア抑留問題に真剣に取り組み、墓参と祈りを欠かさなかった外交官たちが放逐された後、外務官僚のシベリア抑留者問題に対する対応は表面的なものになった。

 現在、外務省で対露交渉を担当する西田恒夫外務審議官、原田親仁欧州局長、松田邦紀ロシア課長がシベリア抑留者問題と北方領土問題の関係についてどのような認識をもっているか、国会の場できちんと聞いてみる必要があろう。さらにモスクワで斎藤泰雄大使がどのような働きかけをクレムリンに行っているかも精査する必要がある。シベリア抑留問題を風化させてはならない。


 日本が過去の戦争について検証しなければならない点、反省しなければならない点など色々ありますが、ソ連の侵攻は日本への侵略であり、シベリア抑留はほぼ完全に不法行為です。

 それが違うというのであれば検証することは構いません。しかし今回のように旅行券でお茶を濁すというのはどう考えてもおかしいでしょう。

 シベリアで抑留された人の多くは故郷に帰れず亡くなりました。生き残った人も大半はソ連へのスパイ活動を約束させられ、日本で不安な日々を送りました。そしてその中のごく一部が実際に親ソ派になったり反ソ派でありながら情報をソ連に提供し続けるなど売国行為に加担させられました。その多くが政治家や外務省に多かったと聞いています。

 結局このような幕引きになるのは自分たちの過去(もちろんすでに親の世代になっていますが)を詮索されたくない人がいたからかもしれません。ただ、これがパンドラの箱だったというの可能性は否定出来ませんし、私はそうだったと思っています。

 しかし、そのような悲しい過去があったとしても、多くの被害者である日本人たちのことを考えると、ここで終わりにすべきではなかったと思います。
スポンサーサイト




出来れば二つほどクリックをお願いします。→ FC2 Blog Ranking







2006年12月22日 ロシア トラックバック:- コメント:2

 最近、プーチンになってからおかしくなりましたからね。
 シベリア抑留を忘れる訳にはいかないです。
 それして、日本を守る為に戦後、ソ連の侵攻を止める為に北の大地で散っていった人達を忘れてはいけません。

2006年12月22日 どらっへ URL 編集

中国や南北朝鮮のみならずロシアのやりたい放題も見過ごしてはいけません。日本の隣国って、台湾を除くとロクなところがない。

2006年12月23日 worldwalker (・∀・) URL 編集












管理者にだけ公開する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。