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【国内】単位未取得問題、石原都知事の意見に賛成

 この問題に関してあまりエントリを立ち上げる気はなかったのですが、石原都知事の意見を見て私の考えと合致していたので紹介させていただきます。

 ・石原都知事「くだらん先生の講義より読書」 未履修問題で(iza)

 学習指導要領で定められた必修科目が未履修の高校が相次いでいる問題について、石原慎太郎知事は2日の定例記者会見で、「目先の受験という実績で点数稼ぐために先生が腐心したら本当の教育者とはいえない。そういった教育者を放置したのは文部科学省の責任」との見解を述べた。
 知事は「先生が子供を商品化して学校の店舗として名声というクレジットを稼ぐために骨抜きをした」と指摘。「先生たちの教育に対する基本的な物の考え方がずれた」と強調した。
 文科省が救済策の一環として補習授業を決めたことについては「(補修を受けるよりも)気の利いた歴史の本を読んだほうがよっぽど早い。本読んでリポートを出せとしたほうが、くだらん先生の講義を聴くよりもいい」とも語った。


 大体受験勉強を中学・高校で教えなければならないことと乖離させていったのは文部科学省や教育委員会の責任です。ゆとり教育などと言って、実態は教師の待遇改善などに使おうとした「言葉のまやかし」によって大学側と中学・高校側の思惑がずれてしまっているのです。

 結局今の教師たちは、生徒を商品化して「大学合格者数」という目に見える結果を追い求めてしまっているのが現状だと思います。そこを元に戻さない限り、似たような問題は起こるでしょう。

 ところで、私の私見ですが、日本の高い教育水準は小学校から高校卒業までに行われる教育にあると考えています。これを少なくすると言うことは、日本の教育水準を低くすると同じ事です。

 中学高校など多感な時期に勉強に専念させてはいけないという考えもあるかもしれませんが、私は逆だと思います。この時期にこそ勉強をしなければいつ身に付くのでしょう。社会人になって数学や歴史を勉強し直す人などごく少数でしょう。(もし日本が政策として、社会人への再教育を何らかの形で半強制的に施す政策を行うのであれば別ですが)

 ただ、それが受験勉強などと言う「大学合格がゴール」の勉強でなく、もっと一生のために使える勉強に費やして欲しいと思います。社会に出れば勉強なんて使わないのではなく、自分の仕事を少しでも高い位置に押し上げようと思えば、勉強の使い道はいくらでもあります。社会で勉強を使わないのは、その人自身が嫌々勉強をしていた証拠ではないでしょうか。

 ちょっと石原都知事の話からずれていってしまって申し訳ありません。
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2006年11月05日 政治 トラックバック:- コメント:2

 その通りですけどね。
元々、それが原因ですし。
 教師側は言われても当然でしょう。

2006年11月05日 どらっへ URL 編集

自分の子供をどこの学校に入れるか、他人事ではありません。

2006年11月06日 worldwalker (・∀・) URL 編集












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