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タイで国軍によるクーデター、今後の情勢は・・・

 19日夜(日本時間20日未明)、タイで陸軍によるクーデターが発生し首都バンコクを制圧、戒厳令を布告しソンティ陸軍司令官が暫定首相に就任しました。

 ・タイでクーデター、陸軍が実権掌握と発表(読売新聞)

 【バンコク=川辺徹】タクシン首相(57)の進退を巡って政治危機が続くタイで、陸軍が19日夜(日本時間20日未明)、地元テレビ局を通じ、「プミポン国王を長とする政治改革のための委員会が実権を掌握した」と発表した。

 首都バンコクの首相府付近には、戦車が展開し、軍が首相府を占拠したとの目撃証言もあり、陸軍によるクーデターとみられる。地元テレビは静止画像で放映しているほか、テレビ各局に軍兵士が入ったとの情報もある。

 タクシン首相はこの日、国連総会出席のため米ニューヨークに滞在中。首相府を通じて同日午後9時15分(日本時間同11時15分)、首都バンコクに非常事態宣言を発令するとともに、ソンティ陸軍司令官を解任すると発表した。首相は急きょ帰国の途についた。首相と反首相勢力がそれぞれ正統性を主張している状態で、タイの政治混乱は激しい権力闘争に発展した。

 タイ政府のスポークスマンは本紙に対して、「一部グループがクーデターを計画、憲法に基づく正統な政府を転覆しようとしたため」と非常事態宣言の発令理由を述べた。一方、陸軍関係者によると、午後11時(日本時間20日午前1時)現在、バンコクの陸軍司令部に幹部が集まり、緊急会議が開かれている。

 ロイター通信は、戦車10台が首都バンコクに向け移動を開始し、首相府を取り囲んでいると伝えた。英字紙ネーション(電子版)は、北部を管轄する第3、南部を管轄する第4管区の一部陸軍部隊が移動したとしている。市中心部では19日夜までに大きな戦闘は目撃されていない。

 タイ国軍は、タクシン首相の軍予備学校同級生を中心とする親首相派と、首相に批判的な反首相派に分かれている。

 タイは1932年に立憲君主制に移行後、未遂を含め16回のクーデターが起き、政治危機が深まると軍が政治に介入してきた歴史がある。今回の政治危機でも、クーデターや首相暗殺計画などの情報が頻繁に流れていた。


 ・タイ・クーデター:国軍「実権掌握」 司令官、暫定首相に(毎日新聞)

 【バンコク浦松丈二】タイのクーデターを首謀した国軍のソンティ陸軍司令官は20日午前9時(日本時間同11時)すぎから国民に向けてテレビ演説し、現憲法を停止、タイ全土に戒厳令を敷き、実権を掌握したと発表した。司令官ら国軍首脳はこれに先立ち同日未明、プミポン国王に謁見(えっけん)し、ソンティ司令官がタクシン首相に代わる暫定首相に就任したことを明らかにした。国軍首脳は暫定的な短期政権だと強調している。ニューヨーク滞在中のタクシン首相が出したソンティ司令官解任の指示に呼応する動きは国軍内になく、01年に発足したタクシン政権は事実上崩壊した。

 ソンティ司令官は国軍最高司令官、海軍、空軍、警察トップを従えてテレビに出演した。クーデターを起こした理由についてソンティ司令官は「タクシン政権は国民を分裂させ、汚職をまん延させた。国の安全と経済運営に悪影響を与えかねない。(国軍と警察でつくる)民主改革評議会が実権を掌握し、正常化する必要があった」と説明した。一方で「我々は国王の下におり、自ら国を統治するつもりはない。できるだけ早く立憲君主制を回復し、主権を国民に戻す」と約束した。

 バンコクでは国軍が19日夜から20日朝にかけ、首相府や国会議事堂、テレビ各局など主要施設前に、戦車や装甲車を配置し、首都機能を制圧した。市街地では暴動や衝突などは起きておらず、平穏を保っている。

 国軍は20日未明、▽97年に施行された現憲法の停止▽上下両院の解散▽全閣僚の解任▽憲法裁判所の停止--を発表した。また、タクシン首相側近のチッチャイ副首相とタンマラク国防相を拘束したと明らかにし、首相が出した非常事態宣言を無効とした。秩序の早期回復のため、政府機関や銀行、市場を20日は休業とすると発表した。

 プミポン国王と国軍首脳の謁見の内容は伝えられていないが、プミポン国王の側近からタクシン首相の強権体質に対する批判が高まっていた。国軍が国王周辺の意向をくみとり、首相外遊中を狙ってクーデターを実行したとみられる。


 ・タイでクーデター 首都制圧と軍発表 首相は非常事態宣言、緊急帰国へ(iza)

 【バンコク=岩田智雄】タイで19日夜、軍がタクシン政権に対するクーデターを起こし、首都バンコクを制圧した模様。軍と警察は同日深夜、テレビを通じ、国王に忠誠を誓う「政権改革評議会」が抵抗を受けることなくバンコクと周辺の県を掌握したと発表した。タクシン首相は、国連総会に出席するため滞在している米国からテレビを通じて、首都バンコクに非常事態宣言を出し、ソンティ陸軍司令官を解任したが、部隊はバンコクの政府施設を占拠した。
 タクシン首相は訪米の日程を1日短縮し、ニューヨークから帰国の途につく。
 タイでは各テレビ局が19日夜から通常の番組を取りやめ、国王を称賛する番組を流し始めたが、同日夕には、戦車が移動を始めているなどとして、クーデターのうわさがささやかれていた。
 タイでは、昨年からタクシン首相の親族が経営する企業と政治との癒着を批判するデモが始まり、今年はじめの首相一族の巨額株取引をきっかけに首相の辞任を求める市民グループのデモが本格化した。
 タクシン首相は混乱を収拾するため、2月に下院を電撃解散し、国民の信を問うとして下院選を行ったが、主要野党3党がボイコット。首相率いるタイ愛国党以外は小政党しか参加しない異例の選挙となった。
 プミポン国王は裁判官への訓示で選挙を「非民主的」と批判。その後憲法裁判所が選挙の無効、やり直しを裁定した。やり直し選挙は10月15日に行われる予定になっているが、選挙での不正を問われ辞任した選管委員の後任の選出のため、延期されることが確実な情勢となっている。


 ・タイでクーデター、軍が全権掌握 憲法停止、戒厳令布告(朝日新聞)

 タイで19日夜にクーデターを起こしたソンティ陸軍司令官をリーダーとする「民主改革評議会」は20日未明、憲法を停止して全土に戒厳令を布告、「権力を掌握した」と発表した。さらに同評議会メンバーは同日午前、テレビで「国の統一を取り戻すためだ」として国民に支持を訴えた。国連総会出席のためニューヨーク滞在中のタクシン首相は、テレビを通じて非常事態を宣言したものの対抗しきれず、極めて厳しい立場に追い込まれた。

 バンコクでは、20日も首相府周辺などに戦車や装甲車が出動しているが、発砲などの混乱は起きていない。

 軍によるクーデターは91年以来15年ぶりで、ソンティ司令官らはすでに陸海空軍を統帥するプミポン国王にも面会し、情勢を報告したとしている。

 同評議会は陸海空3軍の司令官、国軍最高司令官、警察長官らで構成され、20日午前9時(日本時間同11時)に5人がテレビに出演し、政局の混迷による「国の分裂状態をコントロールする必要がある」と述べた。

 また、これに先立つ声明で「現政権は国内に分裂をもたらした」「腐敗に国民の不信が広がっている」などと首相の政治手法を厳しく批判した。

 同評議会は憲法の停止とともに、憲法裁判所や全閣僚、上院議員、下院議員の機能停止も併せて発表。新たな政府が樹立されるまでは、同評議会のリーダーが首相の役割を果たすとしている。

 一方で、「我々が国を統治するつもりはない。できるだけ早く主権を人民に返す」とし、選挙も近く実施されるとの見通しを示した。各省庁の高官らを20日午前9時から陸軍司令部に集めており、今回の事態や今後の方針について説明しているものとみられる。

 タクシン首相は19日夜、テレビを通じて非常事態を宣言し、ルアンロー国軍最高司令官に事態を掌握するよう指示したが、クーデター派の動きを封じ切れなかった模様だ。首相は、現地時間の19日夜に予定されていた国連総会での演説もキャンセルした。

 また、AFP通信によると、チッチャイ副首相が同評議会によって拘束されたとの情報がある。

 バンコクの中心部では20日も、軍の戦車や装甲車が政府庁舎の周辺などを封鎖している。同評議会が20日を「休日」としたことから、役所や銀行、証券取引所なども閉鎖されたままで道路を走る車の数、人通りともに少ない。街の要所に銃を持った軍人らが配置されているが、通行する車への検問などもなく平穏を保っている。

 また、19日夜から通常番組を取りやめ、断続的に出される同評議会の声明を放映していた各テレビ局は、20日午前の同評議会の会見放映後から通常の番組に戻った。CNNやNHKなど海外からのテレビ放送は一時映らなくなり、地元メディアのウェブサイトもつながりにくい状態になった。


 この件に関して日本を含めた外国は意外に冷静で、報道としては流すもののそれほど国際情勢に変化はないという認識のようです。

 そもそもタイでクーデターが行われるのは珍しいことではなく、すでに15回目だということです。私の認識として、クーデターは革命への反作用として起こり、基本的なスタンスとしては保守という考えでした。今回の(というかタイに関しては)クーデターは「タクシン首相の金権体質と汚職政治を正す」と言う名目で、そのような認識とは違いました。

 今回のクーデターは直後に実行者が国王に拝謁していることでも分かるように、国王の権威の大きさを表しています。タイでは汚職や圧政などが行われた場合、自浄作用として民主的な措置(例えば選挙)を行うよりもクーデターによって新たに政権を作り直す方が簡単で効果的だと認識されているのでしょう。そして国王の権威はそのたびに利用されているのでしょう。

 これをもってタイの民主主義は遅れていると考えるのは早計だと思います。むしろ彼らが民主主義というシステムを自国に取り入れるための「安全弁」の様な役割を果たしているのだと思います。民主主義自体は否定されるものではないのですし、暴力によって政権が覆るのは肯定できることではないのですが、タイを「王国」としてみれば連綿とした流れは維持されていますので、在留外国人の安全が確保できれば外国が口出しすることではないのかもしれません。
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2006年09月20日 国際 トラックバック:- コメント:4

アメリカから帰国して大統領の椅子に座れて良かったね、ノ○ヒョン君(笑)
もしもこのクーデターがタイではなくて、彼の国で起こるならば私は彼の国軍に祝電を打ちたい(笑)
タイ国王は利用されているというよりは、自浄作用の為に不可欠であり、国民が信頼出来る立派な存在なのだと思います。やり方はさておき、汚職に塗れた部分に鉄槌を下すのは良い事だと思います。彼等が本当に無私の精神で制裁の為に、クーデターを起こしたというのならばですが。

2006年09月20日 水兵長 URL 編集

タイは立憲革命以降は軍部主導による政治ですから気に食わない事が起きるたびにクーデターですね。
タクシンさんを気に食わなかったということですか、たしかに欲深いところはあるみたいですが仏教国だからですかね(笑)。
ただ彼の経済手腕はすばらしいと思います。どれほどタイの国益を重視してきた事やら、仏教国だからこそ欲と上手に付き合っていく事をもう少しタイ軍部は考えたほうが良い思います。
彼の代わりになる人が立派な政策をおこなっていけば良い事ですが失敗したら軍部批判もおこりかねないとも考えられますね、それだけ経済良好です。
景気悪くなったら泣き付くさきは日本なんだよな~(泣)。

2006年09月21日 しっぽ URL 編集

 どっちかと言うと、タクシン首相の排斥を目的とした一連の騒動。
 私にはクーデターと言うよりはそういう意味合いが強いですね。

 戦前の日本も意外と陛下の一言で治まっていた部分も在ったのでしょうね。

 太平洋戦争辺りは無理でしょうけど。

2006年09月21日 どらっへ URL 編集

水兵長さん、
しかし彼の経済政策に未だに感謝するひとが多いらしいです。結局は汚職が許せないのでしょうね。

しっぽさん、
あの国では軍人がかなり尊敬される国であると同時に、国王は国民からかなり尊敬されているようですね。でないとあんなクーデターは起こらないでしょう。

どらっへさん、
日本の二二六事件も似た部分があると思うのですが、決定的に違うのは無血クーデターであり、国民/国王の支持をある程度得ていると言うことでしょうね。

2006年09月24日 さいごう URL 編集












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