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朝日新聞の「大戦の総括」意味不明です

 朝日新聞って左に突出したときも突っ込みどころ満載なんですが、下手に左右にとらわれない記事を書こうとすると意味不明な記事になってしまっています。今回もその「意味不明」なところが出ていると思います。

 ・「侵略」と「責任」見据えて 親子で戦争を考える(朝日新聞社説)

 「日本は侵略戦争をしたの?」「A級戦犯って、なあに?」「首相が靖国神社に参拝すると、なぜ問題になるの?」

 子供に問われ、困っているお父さん、お母さんも多いことだろう。

 戦後61年の夏。今や親も子も戦争を直接には知らない。しかし、戦争の体験がないからこそ、わだかまりなく歴史を見つめることもできる。

 日本の敗戦で終わった、あの戦争は何だったのか。その責任は、だれにあるのか。いろいろな本を手がかりに、親子で語り合ってみてはどうか。

●満州事変から泥沼へ

 最近は、左右のイデオロギーにとらわれずに戦争を直視する本が目につく。

 たとえば、評論家の松本健一さんの「日本の失敗」(岩波現代文庫)という本がある。1945年の敗戦に至るいきさつを豊富な資料で追っている。

 日本は明治維新の後、日清、日露の戦争に勝つ。朝鮮半島を植民地にし、中国に進出していく。

 15年近くも続く泥沼の戦争の始まりになったのは、日本軍が仕掛けた31年の満州事変だ。日本は現在の中国東北部にあたる満州を占領し、満州国を建てる。37年からは中国と全面戦争に入った。

 松本さんは、日本が第1次大戦中に中国への野心をむきだしにした「21カ条の要求」が転機だったと見る。米国との対立も深まり、41年に日本は「自存自衛」と「アジア解放」を掲げて、米英などとの「大東亜戦争」に踏み切った。これが戦後、「太平洋戦争」と呼ばれる。

 日本のアジアへの侵略だったのか、自衛の戦争だったのか。今も論争が続いているところだ。

 朝日新聞の4月の世論調査で、あの戦争の性格を聞いたところ、「侵略戦争」という答えが31%、「自衛戦争」が7%、「両方の面がある」が45%だった。両面性があるにせよ、侵略性を重視する人が多いということだろう。

 「大東亜戦争」は、中国への侵略戦争の延長・拡大だった。そうとらえる松本さんは「満州事変が世界戦争の序曲の役割を果たしたのは、それがまぎれもなく『侵略』であったからだ」と書く。

 私たちも同感だ。あの戦争で日本人は300万人、アジアで2千万人が亡くなったといわれる。日本の侵略を認め、それがもたらした惨状を見つめるところからしか、「戦後」は始まらない。

●大きかった戦争への憎悪

 こうした侵略戦争の罪を問うたのが、極東国際軍事裁判(東京裁判)だった。A級戦犯のうち、太平洋戦争を始めた東条英機元首相ら7人が絞首刑になった。

 東京裁判は、勝者の一方的な裁きだった。東条元首相らが問われた「平和に対する罪」は、終戦直前に戦勝国が定めたものだ。そうした問題はいくつもある。これをどう考えるか。

 作家の保阪正康さんは「昭和の戦争を読み解く」(中公文庫)で「勝者が裁くとはこういうことか、なるほど西洋文明とはこういう形の裁きを行うのか、と私たちは冷徹に見ればいい」と書いた。その上で、「六十年を経て改めて、あの時代と関わった国民一人一人が政治・軍事の裁判を行ってみたらどうだろうかと提言したいほどである」とつづる。

 もし日本人が自ら終戦直後に裁判をやっていたら、どうなっていたか。ベストセラーになった「昭和史」に続く「昭和史 戦後篇」(平凡社)で、作家の半藤一利さんはそう自問し、「もっとずっと多くの死刑判決が出たでしょう」と答えている。それほど戦争に対する悲惨な思いや憎悪が大きかったというのである。

 いま戦争責任を改めて問えば、どうなるだろうか。

 まず、罪の軽重はともかく、A級戦犯になった人たちの責任は免れまい。軍人や政治家として、中国を侵略し、その延長上に、無謀な太平洋戦争を進めた。その結果がおびただしい犠牲である。

 軍人ではほかに責任を問われるべき人もたくさんいるだろう。たとえば、満州事変を起こした中心人物だった石原莞爾元参謀らである。

 政治家では、軍人以外でただ一人死刑になった広田弘毅元首相よりも、日中戦争を始めた時の近衛文麿首相の方が、責任が重いのではないか。2度も首相を務め、戦争の拡大を防がなかった。戦犯容疑者になって服毒自殺したため、本人の貴重な言葉が法廷で語られなかったのは残念なことだった。

●天皇や新聞の責任

 実質的な権限はともあれ、昭和天皇は陸海軍を統帥し、「皇軍」の兵士を戦場に送り出した。終戦直後、何らかの責任を問う声があったのは当然だが、東京裁判には出廷さえ求められなかった。その権威が戦後の統治に必要だと米国が考えたからである。

 だからこそ、天皇は戦後の新憲法のもと、平和国家の象徴として生きることを重い任務として自らに課したのだろう。

 新聞も戦争をあおった責任を忘れてはいけない。失敗を再び繰り返さないことで罪を償うしかないと考えている。

 過去の歴史を素直に学べば、おのずと答えは出てくるはずだ。そんな共同作業を現代の親子に勧めたい。


 最終的に「親子で勉強してみたら」という結論なんでしょうが、それに至る文章の意味が分かりません。

 多少深読みした上でこう考えているのかな?と言うところを推測してみます。朝日新聞は先の「大戦」が「侵略」であったことは紛れもない「事実」だと主張しています。ただ、戦後の東京裁判で裁かれた内容は「押しつけ」であって、我々日本人が自らの考えであの「戦争」を総括する必要がある、と考えているのではないでしょうか。

 そう言った解釈であれば、概ね私にも理解できるものです。あの「戦争」が侵略であったかについても議論の余地があると思いますし、そこも含めて「日本人自身が考えた戦争史観」を持つことによって「東京裁判史観」を克服する必要があると私は考えています。

 朝日新聞のように「侵略」を前提とした勉強では分かることも分からなくなってしまいます。もちろん、勉強していく上で本当に「侵略」という要素しかなかったかどうかは分かると思いますが。

 一応最後になりますが、一番の突っ込みどころを押さえておきます。「新聞も戦争をあおった責任を忘れてはいけない。失敗を再び繰り返さないことで罪を償うしかないと考えている。 」と他人事のように書いていますが、朝日新聞こそが戦争を煽ったメディアといっても良いでしょう。朝日新聞はこうやって自分の責任を他人に転嫁するようなことを良く書いていますが、そのようなときに限って責任転嫁していると思った方が良いでしょう。
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2006年08月13日 朝日新聞 トラックバック:- コメント:6

 その戦争を煽ったのは誰だ?
 その戦争の責任を他人に押し付けて逃げ回ってるのは?
 他ならぬ、朝日新聞だろうに。

 ホント、お前達の面の厚さは日本人とは思えない。
 隣の国の人間と言われても驚きはしない。

2006年08月13日 どらっへ URL 編集

どらっへさん、
他国の機関誌と言われても驚きはしません(笑)

2006年08月15日 さいごう URL 編集

>「日本は侵略戦争をしたの?」
>「A級戦犯って、なあに?」
>「首相が靖国神社に参拝すると、なぜ問題になるの?」
>子供に問われ、困っているお父さん、お母さんも多いことだろう。

これって若い朝日新聞記者の実体験じゃないでしょうか?

年配の記者なら洗脳されているから、迷わず「日本は侵略戦争をしたんだよ」「A級戦犯は悪い人だ」「靖国神社に参拝するとアジアの人たち全てに嫌われるんだ」と言うでしょうね。
しかし若い記者はどうでしょう?少なくとも世論とマスコミの『ズレ』を感じているのではないでしょうか?
そういう記者が自分なりの考えを記事にしたが、年配の記者が手直しをした結果、支離滅裂な文章になってしまった・・・そんな所でしょうか(笑)。

さいごうさんの深読みした推測。なかなか的を得ているんじゃないでしょうか?朝日もこの文章を今日にでも転用すれば良いのに(笑)。

ただ朝日は、日本が外国に行くと「侵略」とし、外国が日本に来ると「遠征」とするから、日本語から勉強し直してくれないとなぁ。

2006年08月15日 やや右より?のベル URL 編集

やや右より?のベル さん、
朝日新聞は何百万という購読者がいるメディアなのに、伝えたいことをきちんと文章にする技術が無いと思います。
私もその辺りは日々精進しているところですが(苦笑)

2006年08月16日 さいごう URL 編集

朝日の言うことを深読みしても意味は無い。すべて妄言だから。

2006年08月18日 worldwalker (・∀・) URL 編集

クズどもがなんと言おうが右寄りがあれば左寄りがあっても不思議ではない。
所詮は小物、蟻が巨象に意見するもんじゃない。
朝日以外にも讀賣、毎日にも日々批判はあるだろう。

2007年05月30日 諸君 URL 編集












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